気の長い話

2002/11/8

ハヤマさんが最初に来店されてから、もう15年にもなる。
MARANTZ CD95のチューニングモデルをお買い上げ戴いてから、しばらくはそのまま音楽を楽しんでおられたらしく13年目に電話を戴いたのだが、なんでもご自宅を新築されるので、それに合わせて装置を一新されたいとの事だった。
 
 お話を聞いてみると、ハヤマさんは学生時代に京都のジャズ喫茶によく通われており、ALTECのビンテージスピーカーの音で青春時代を過ごされたという。
ビンテージスピーカーを好まれる方は、同じ様な経験をされた方が多いのではないだろうか?

まず、スピーカーの選択から始めたのだが、ハヤマさんはクラシックも良く聴かれるので、JENSENのIMPERIALをお勧めした。
 
 私はジェンセンが大好きで、中でもオリジナルのIMPERIALは別格だと思っている。だから、程度の良いジェンセンが入荷したと聞いたら、直ぐに輸入業者の倉庫へ飛んでって物色したものだ。

一時は店の中がジェンセンだらけになっていたが、今は非売品にしようと思っていたこれだけになってしまった。
 
 では、何故ジェンセンが好きなのか?それはルーツを辿るとWE(WESTERN ELECTRIC)に行き着くからに他ならない。
 
 私は別にWEカブレではないから、WE系なら何でも良いと思っている訳ではないが、家庭用システムでWEの様に開発費を無視して作られた製品は非常に少ないと思う。
 何より、ジェンセンのドライバーユニットに使われている振動板が、フェノール(布にベークライトを染ませたもの)である事が大きい。
 
 また、上位機種と下位機種とで他メーカーならユニットに差を付けるのに、ジェンセンは箱のみが違うだけでユニットには殆ど差が無いのだ。
 
 そして、ウーハーのコーン紙に対して音色が完全に合っている材質は、金属ではなくフェノールだと言う事をジェンセンのスピーカーは教えてくれる。
弦が決してヒステリックにならず、それでいてハッキリしており、良い意味で人間の暖かさを感じるウエットな音なのだ。
 
 試聴当日がやってきた。
アンプはDENTEC 300B Singleで聴いて頂いたのだが、ハヤマさんはその鳴っぷりをイッパツで気に入ってしまわれた。
 
 こうなると、自分から薦めておきながらなんとなく惜しくなってくるのは、私が商売に徹してないからだろう。


2002/11/12

スピーカーがJENSEN IMPERIALと決まったら、それに合わせて他の機器を選んでくれとのご要望だ。
 
ハヤマ様が聴かれるジャンルはクラシックが主体だが、ジャズ系も重視されている。

パワーアンプにMCINTOSH MC30/DENTEC TUNEDをお勧めしたのだが、何故だかお解りだろうか?それはMC30の裏面に張ってあるシールを見て戴ければお解りになるだろう。
 
 つまり、ベル研究所のライセンスでマッキントッシュが作ったと書いてあるのだ。そう!このアンプのルーツを辿ると350BPPのWE124にたどり着くのである。
 
 ただし、オリジナルのままではS/Nが悪く、高能率のジェンセンに使うと色々問題があって弊社の基準の音とはならない。
 
 ビンテージを扱う販売店で良く聞く話だが、ビンテージスピーカーは同年代のアンプで鳴らすのがベストだと言う。
 
しかし、私はそうは思わない。

オリジナルの部品に拘るあまり、リークしているカップリングコンデンサーや電解コンデンサーをそのまま使っているのだから、まともに動作する訳が無い。

明らかに不安定な動作をしているのに、これがオリジナルの音だと言われても誰が納得するのであろうか?骨董品のコレクションとして、飾りにするのならそれはそれで否定はしないが、音が良いなどと言われたのでは話にならない。

だから当社では、この先10年を考えて、劣化する恐れのある部品を全て最新の高音質部品に交換している。十分にエージングした上でジックリ試聴室で聴いていただき、音質を納得されたお客様にだけ買って頂ければ良いというスタンスなのだ。

業者間で、あそこの商品はオリジナルの部品じゃないから音が悪いなどと言われている事は知っている。しかし、そこまで手を加えないと自分の仕事として責任を持てないのだからしょうがないではないか!

一台ずつ音が違う物を、オリジナルと称して販売する事の方が余程問題が大きいと思うのである。


2002/11/26

それから当分の間、そのシステムは当店の試聴室に鎮座していた。
 オーナーは時折試聴に来られ、音質には十分に満足されているのだが、今は入れるところが無いらしく、家を新築されるまでこのまま預かってくれと言われるのだ。
 
 それから一年近く経って、いよいよ設計段階に入ったのでリスニングルームの相談に乗って欲しいと連絡が入った。
 
 ここからは、これからリスニングルームの新築や改築を計画されている方に役立つと思うので、参考にされたい。
 
 ただし、私が今までに体験した事実を書くだけなので、建築家の方には反論もあるかと思うがご容赦いただきたい。
 
1)音響的な設計を建築業者に依頼するのは、成功例が非常に少ないので止めた方が良い。

私はリスニングルームの相談を受ける度に、この様に言っている。
何故なら、全ての寸法比に黄金分割比1対1.618を応用すれば、非常に癖の少ない部屋が出来るからだ。

仮に、吸音や反射を計算して設計したとしても、設計士はその部屋にどの様な住器が入るかまでは想定していないから、それが入った時点では狙い通りの結果にはならない。
また、私が体験した施工例では、音響材料に全て同じ物を使っており、その材料の癖が目立つ物が大半だった。
 
 では、黄金分割比の応用例を説明しよう。まず部屋の寸法だ。
 殆どの部屋が、天井高までは変更出来ないと思うから、まず床から天井までの寸
法を1とする。
次に短辺を1.618倍の寸法とし、長辺は短辺の寸法にさらに1.618倍すれば良い訳だ。この寸法比だけで、その部屋の残響は濁らなくなり、俗に言う響きの良い部屋となる。
 
 次に、壁の下地に打ち付ける桟や床下の根太にもその寸法比を応用して間隔を均一にしない事をお勧めする。これは、共振周波数の分散に役立つ、つまりどこを叩いても違う音がする様に作れば良い訳だ。
 ただし、大工さんには非常に嫌がられるので、事前にチャンと説明しておかれる事をお勧めする。

2)出来れば、内装材に音響特製の異なる物を多用した方が良い。

この場合の音響特性とは、材質の持つ響き、つまり硬さである。スピーカーを置く後ろの壁面は出来るだけ硬い材質がよく、両サイドの壁面は後ろへ行くにしたがって柔らかい材質となる様に変更していけば、1)でコントロールできない高音域の特性改善に効果的だ。

この様に、特に特殊な材料を使う必要もなく、多少の工夫と時間的なコストだけで素晴らしく癖の少ない部屋が出来るとしたら、挑戦してみる価値があると思いませんか?


2003/2/10

いよいよ納品の時が来た。銘器JENSEN IMPERIAL/PR100ともこれでお別れだ。
 
 ビンテージスピーカーと言えども、振動対策は重要なポイントである。ジャンルを選ばない(癖の少ない)音質にセッティングしようと思えば、現地で色々調整しなければならない。
 
 通常なら2人で十分のところを、電話に出ない作業日を選び、車2台経理以外のフルメンバー5人でセッティングに伺う事にした。
 
 何度も広島まで打ち合わせに出向いて頂いた、設計士さんとオーナーの思いが詰まった部屋は、果たしてどんな音がするのだろうか?
設計のアドバイスをさせては頂いたものの、私も図面しか見ていないので、片道1時間半の道中は期待と不安で一杯だった。なんせ、駄目だからやり変えるなんて事は出来ないのだから…
 
 初めて伺うにも関わらず、一際大きなその邸宅は直ぐにそれと解る程威容を放っていた。挨拶もそこそこにリスニングルームへ入ったのだが、その瞬間、私はホット安心したのである。何故なら、自分の声がクリアーで通りが良く非常に自然に感じたからだ。
 
 私はクリニックに伺った時、まず一番にその部屋の癖を読み取ろうとする。それはもう癖になっているのかも知れないが、部屋の中を動き回り、自分の声と拍手がどう聞こえるかで判断するのだ。部屋の癖が強ければ、装置の差よりも余程音質に与える影響が大きくなるので、依頼主が興味を持たれている装置は後回しで、部屋の調整から入った為に面食らわれる方も結構いらっしゃるのである。
 
 セッティングは1時間弱で終わり、いよいよ音出しだ。
ところが!いきなりこの艶やかな弦は何なんだ!?と拍子抜けする程、簡単に鳴ってしまったのである。アルニコのスピーカーは、車で振動を加えると丸一日は鳴らない筈なのに?
 
 もう笑ってしまうしかない!
 
 ちゃんと調整されていなければ鳴らない筈の、確認音源「土と水」も難なくクリアーし、あれこれソフトをとっかえひっかえやっている内に時間が経ち、オーナーと一緒に音楽を楽しんでいる自分にハッと気が付いた。
 
 こんなに楽な納品は初めてだ。
初めて同行した広報担当の迫さんは、楽しそうにディジカメで写真を撮っているが、納品がいつもこんなに楽なものだと思ってはいないだろうな?
 
 装置の選択から納品まで随分時間は掛ったけれど、改めて部屋の大切さを再認識させられた楽しい仕事は、非売品にしようと保管していたジェンセンをお譲りするのに相応しい、「素晴らしい」オーナーと部屋であった。

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