本物とは何だろう?
私は、それを職人が心を込めて作った物だと解釈している。
 本物の職人が時間的なコストを考えず、使い手の立場に立って作った物、人に真似の出来ない物、それだけが本物と言えるのではないだろうか?
 
 それでは、果たして現代のオーディオ機器に本物と言える物が有るのだろうか?ハッキリ言って、それは有る!
 但し、それは商業ベースに乗った雑誌などで誉めている物では決して無いと思うのだ。
 
 皆さんは、もし予算が十分に有って素晴らしい職人に出会えたなら、自分の為にその人が考えうる最高の物を作って欲しいと思わないだろうか?私なら、その人が作る物に共感を覚え、それが多少無理すれば手に入る様な価格であれば、頭を下げてでも作って欲しいと思うだろう。元々、物作りとはそう言うものだった筈なのだ。
 
 話は変わるが、私の経験上、オーディオを趣味とする人は概ね車・時計・カメラが好きだ。程度の差こそ有れ、もし自由に使えるお金が十分に有ったなら、オーディオ1本しかやらないと言う人は非常に少ないのではないかと思う。
 つまり、我々は「機械」が好きなのである。
 
 しかし、それらの機械も世の中が資本主義となって、企業が大量生産を始めてから
は、安く均一な物が作れる様になった代わりに、本物が無くなってしまったのではな
いだろうか?
 
 例えば、スピーカーのエンクロージャーに使われる木材が良い例だ。単板→合板→チップボードと量産に都合の良い材料に変化してきているのだが、安く均一な製品が供給される様になった代わりに、逆に音質は悪くなっているではないか。
 
 但し、最近は例外もあり、特にヨーロッパ系のスピーカーで、美しいランバーコア(寄木)のエンクロージャーが好評を得ている。これは、見た目だけで受け入れられているのでは無く、音質を評価する人が多いからに他ならない。
 
 それでは、エンクロージャー以外はどうだろう?ネットワークのコイルやコンデンサーはまだしも、エネルギーの源である磁石については、相変わらずコスト重視のフェライトマグネットが主流であり、実に情けない状況ではないか。
 
 何故、そうなるのか?
 それは、いくら職人が最高の物を作ろうとしても、部材が手に入らなければ作れないからに他ならない。良い部材の開発は資本力のある大企業にしか出来ないが、逆に使う側の職人は少量しか必要としないので、とんでもない金額となってしまうのだ。
 
 しかし、コストを下げるとは量をさばけば良いだけの話である。しかも生鮮食料品の様に傷む訳ではないし、冷凍する必要もないのだから保管コストはそんなには掛からない、その気になればやって出来ない事はない筈だ。
 
 量は時間が解決してくれるではないか?

■つづく■


 


 


 

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